曇 日
By 北原白秋
曇日の空気のなかに、
狂ひいづる樟の芽の憂鬱(メランコリア)よ・・・・・・
そのもとに桐は咲く。
Whisky の香のごときしぶき、かなしみ・・・・・・
そこここにいぎたなき駱駝の寝息、
見よ、鈍き綿羊の色のよごれに
饐えて病む藁のくさみ、
その湿る泥濘に花はこぼれて
紫の薄き色鋭(するど゙)になげく・・・・・・
はた、空のわか葉の威圧。
いづこにか、またもきけかし。
餌に饑ゑしペリカンのけうとき叫、
山猫のものさやぎ、なげく鶯、
腐れゆく沼の水蒸すがごとくに。
そのなかに桐は散る・・・・・・Whisky の強きかなしみ・・・・・・
もの甘き風のまた生あたたかさ、
猥らなる獣らの囲内(かこひ)のあゆみ、
のろのろと枝(え)に下がるなまけもの、あるは、貧しく
眼を据ゑて毛虫啄(つ)む嗟歎(なげかひ)のほろほろ鳥(ちょう)よ。
そのもとに花はちる・・・・桐のむらさき・・・・
かくしてや日は暮れむ、ああひと日。
病院を逃れ来し患者の恐怖(おそれ)、
赤子らの眼のなやみ、笑う黒○
酔い痴れし遊蕩児(たはれを)の縦覧(みまはり)のとりとめもなく。
その空に桐はちる・・・・新しきしぶき、かなしみ・・・・
はたや、また、園の外ゆく・・・・
軍楽の黒き不安の壊(なだ)れ落ち、夜(よ)に入る時よ、
やるせなく騒ぎいでぬる鳥獣(とりけもの)。
また、その中に、
狂ひいづる北極熊の氷なす戦慄(をののき)の声。
その闇に花はちる・・・・Whisky の香の頻吹(しぶき)・・・・桐の紫・・・・
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